エピソード
アイヌ語研究の第一人者
知里幸恵は金田一から直接「アイヌ・アイヌ文化は偉大なものであり自慢でき誇りに思うべき」と諭されたことで、独自の言語・歴史・文化・風習を持つアイヌとしての自信と誇りに目覚めた。
文字を持たない口承文化であるアイヌ語を、豊かな言葉で日本語訳した彼女の功績は大きい。言葉の持つ微妙な陰影を別の言語で表現するのは研究者でも困難だ。
彼女を見出し、知里真志保を指導し、学究のためならアイヌの人々に支援を惜しまなかった。
昭和天皇にアイヌ語についてご進講することとなり、持ち時間は15分と決まっていたにも関わらず2時間近く話し続けてしまい、金田一は陛下の前で大恥をかいたと落胆してしまう。しかしながら、天皇は後日催された茶会の席で、「この間の話は面白かったよ」と労われ、金田一は「恐れ入りました」と申し上げた後言葉が続かず、涙が止まらなくなったという。なお、金田一の逝去に際し天皇より祭祀料が下賜されている。
金田一のアイヌ研究に懸ける情熱と、まじめな性格が窺える。
アイヌを愛した国語学者、じゃなかったの?
生涯をアイヌ語の研究に捧げた金田一だが、アイヌの人々からの評判は必ずしも芳しくなかったようだ。
アイヌ文化振興法の成立に奔走した萱野茂は、金田一の名を出しはしなかったものの、その死に際しこう述べたという。「有名なアイヌの研究家が最近死んだよね。アイヌの人々のあいだから、一つとして悲しみの声は聞かれなかったよ」
当時の世界では同化政策がはびこり、満州事変、韓国併合など、植民地の現地人には日本語を習わせ、現地の言葉を奪い去るものというのが一般的な認識だった。
金田一も、アイヌの文化や言葉は滅び去る運命だと考えていたようだ。その考え方に多くのアイヌ民族は嫌悪感を覚えたのではないだろうか。
